ケイドロに似たゲーム"じらこ"について

いつか書こうと思ってたけど、僕が小学生の時にめちゃメジャーだった「じらこ」という遊び。ドッジボールより人気だったのにうちの小学校ローカルだったのか、中学で一緒になった別小学校の子は知らず、今までに会った友達も知らず、google検索しても引っかからずで、じつは「じらこ」なんてゲームはなく俺の記憶が改ざんされてるのかも?と思いつつ。

じらこのルールについて

簡単に言うとケイドロのチーム戦+役割追加。

  1. 参加者は2チームに別れそれぞれ陣地を決める。アスレチックとか木とか。グラウンドに丸書いてもいい。自陣地に触れている場合は無敵で捕まらない。
  2. チーム内で一人「元帥(げんすい)」を決める。残りは「後ろ」と「横」のどちらかになる。「後ろ」と「横」の割り振りは自由。ちなみにうちの小学校では赤白帽を使って色でチーム分け、つばの向きでそれぞれの役割を分けてました。
  3. 「元帥」は「横」を捕まえられる。「横」は「後ろ」。「後ろ」は「元帥」という三すくみ。※原則、捕まえるにはタッチするだけでよい。
  4. 「元帥」が捕まれば負け。相手チームの「元帥」を捕まえれば勝ち。
  5. 「横」と「後ろ」は捕まると相手陣地に連れて行かれる。まだ生きてる味方がタッチしてくれれば開放される。なので、捕まった味方同士で手をつないで相手陣地から助けを求めるのがセオリー。※「だるまさんが転んだ」で捕まった人達みたいなイメージ。
  6. 同じ役割同士がタッチすると「でっぱり」となり、一度自陣地に帰るまで捕まったり捕まえられたりできない。

戦略

例えば「元帥」を捕まえるために「後ろ」を増やすとする。すると「元帥」を捕まえるコマは増えるけど、「元帥」を捕まえられなければ「横」に捕まえられジリ貧になる。というか「元帥」の周りを「横」で囲って近づかせないのが基本なので、「後ろ」だけではどうやっても「元帥」を捕まえられない。

そこで「横」で相手の「横」と「でっぱり」して元帥の守りを剥いだ後、「後ろ」で攻め込むことになる。あるいは「元帥」が動き回って「横」を捕まえてもいいが、「横」の守りを解くため(※)「後ろ」に捕えられるリスクが高くなる。

※「元帥」に捕まりそうになれば、相手チームの「横」とわざと接触し「でっぱり」状態に持っていく事で逃れられる。よって「元帥」が「横」を捕まえるためには単独行動するしかない。

ここまでで分かるとおり「横」は捕まりにくい。相手の「元帥」の位置さえ把握しておけば捕まらない。そして「後ろ」は捕まりやすい(「横」は捕まる事を恐れず自由に動けるため)。よって、女の子は「横」になり「元帥」を守ったり協力して「後ろ」を捕まえたり。男の子は「後ろ」になって「横」のすきまを縫って「元帥」を捕まえヒーローになる(ことを狙う)。男の子も女の子も一緒に楽しめる、バランスの取れたゲームです。

「でっぱり」システム

「自陣地に戻るまで何もできない」から守り側ほど強くなるシステム。例えば、捕まった味方を助けよう!と相手陣地に攻め入った場合、「でっぱり合戦」で分があるのは相手側。「でっぱり」された場合、自分は離れた陣地まで戻らないといけないのに、相手はすぐに復活できますから。

実際の流れ

横:後ろ=6:4くらいにするのが基本だったかな。ただそれぞれやりたい役割があるから割合は毎回変わる。元帥は足の速い男の子だけど、たまに「どっちのチームも女の子」と決めてやったりしましたね。そういう時は足の速い男の子が「横」になって「元帥」の守りを厚くする感じで。

「元帥」さえタッチすればOKなので、「後ろ」はバクチ狙いで特攻したりしました。「横」が女の子ばかりだとやっぱり視野が狭く、例え「元帥」を守ってても間隙抜かれてタッチされたりしてましたね。

「後ろ」が少なくなると俄然不利になる。というのは、元帥が自由に動ける→足の遅い子が多い「横」が次々に捕まるから。というか、「後ろ」が全滅して「元帥」と「横」だけになり「後ろ」を助けに行くしかないんだけど、守り側有利だし相手「元帥」に「横」が次々捕まえられるし、でジリ貧てのも結構ありました。

そんな時のために救出役として「横」に1人だけ足速い奴を置いとくのがセオリー。

…というゲームを小学生の時やってたんですけどね。

このじらこが面白すぎてケイドロというのを中学まで知らなかったし、「じらこに比べれば単純でつまらないゲームだな」と今でも思ってます。「じらこ」は最低16,7人以上いないと楽しくないけどね。隣町の小学校も知らなかったくらいだからほんとレアゲーなんだろうなぁ。他にやってた人いたら情報求む。いやマジで。

(2009/8/28 18:24)

説明不足というか、面白みが想像しづらいと思ったので補足。

うちの小学校のグラウンドは100m×50mくらいと広く、お互いの陣地はグラウンドの両端に作るようにしてました。グラウンドの真ん中では他のクラスがドッジボールや違う遊びをしているので、その中に紛れたり逆にグラウンドの端をダッシュしたりと、相手陣地に近づくルートは複数ありました。

ルートに加えて布陣も工夫があります。例えば「横」2人+「後ろ」1人で相手「元帥」を狙うとか。ただ、固まって行動していると遠くから見てすぐにそれだと分かるので、足の速い「後ろ」が単独で近づく場合もありました。

捕まった味方を助けるときは、相手に気づかれずに敵陣営に近づく必要があります。なので体育館の裏回ったり靴脱いで校舎の中通ったりと工夫してました。この単独行動に一番向いてるのは「横」。だって「元帥」以外なら悪くて相打ちですから。

陣地はアスレチック全体とかプレハブの体育倉庫とか、360度回ると5m~10Mの大きさがあり死角が発生するものを設定していました。これで守備側もただ守り番をするだけじゃなく周りを見渡さないといけないし、捕まってる側も守備側が手薄な方に回って助けを求めるとか工夫の余地が出てきます。

「ケイドロに似たゲーム"じらこ"について」への34件のフィードバック

  1. 滋賀県のとある場所の小学生の時(かれこれ20年前)によくやっていた「じらこ」をふと思い出してググッてみたら・・・、全く同じルールで書かれてたのでびっくりしました。ひょっとして同じ小学校かも!

  2. うわ!多分同じ小学校ですよ!僕も滋賀県の大津市出身ですから。ほんとにあの地域しかやってなかったのかな…。けど僕の記憶は幻じゃなかったんですね。コメントありがとうございました!

  3. うわ・・・同じく大津市です!この偶然が嬉しいのと、「じらこ」が地域限定ローカル遊びだったことに驚きです!野球のホームベース近辺とのぼり棒辺りに陣地を作ってましたねぇ~、たしか。
    当方は79年生まれなので2年差です。あのグラウンドを駆け回っていたころがつい最近のような気がして・・・、切なくなります。

  4. 74年生まれです。大津市です。きっと同じ小学校でしょうか。
    とても懐かしいです。僕らはグラウンド横の公園でよくじらこしてましたよ。
    ほんと余所の地域では誰も知らないので不思議でならないです。
    戦略的で大人が今遊んでも十分に楽しいと思います。

  5. おお!僕と7年差ですね。昔からあったゲームなのかぁ。探偵ナイトスクープとかに取り上げてもらえると脚光を浴びるのかもw

  6. ふと昔「じらこ」っていう遊びがあったのを思い出し、検索したら書き込みがあってびっくりしました。私も78年生まれの大津市の育ちなんですが、かなりローカルな遊びだったんですね!

  7. たまたま検索したら引っかかりました。私も滋賀県大津市の小学校卒です。67年生まれですが、ちゃんと「じらこ」が引き継がれていて嬉しいです。
    中学で隣の町へ行ったのですが、似たような遊びも違う名前(忘れた)で「じらこ」は全く通じなかった。私の父の世代(軍国少年)は、「水雷」といい、戦艦・・・前、駆逐艦・・・横、潜水艦・・・後だったそうです。

  8. すごい!僕の15年前くらいから続いてたのですね。
    じゃあ今もやってるのかな…。
    「水雷」って名前でもっと昔からあるのですね。
    ゲームの面白さは間違いないから、みんなが認識できるような名前をつければ流行る…のかなぁ。

  9. 小2の娘が
    親に昔の遊びをきいて皆に紹介するという
    という宿題がありました。
    じらこのルールを教えようとどんなのだったか?と調べたらでてきましたね。(笑)
    私は80年生まれで瀬田南小出身です。
    娘も瀬田南小です。(笑)
    どうやら途切れてしまった様ですね。缶けりもしらないし
    外で子供を遊ばさない親も増えたし人数集まらないし
    当然か・・・・・
    でも娘が宿題で発表して
    瀬田南小にじらこが復活するきっかけになってくれればと思います。
    細かいルールの紹介ありがとうございました。

  10. じらこでヒットして、びっくりです。私は瀬田小で、71年生まれです。毎日のように遊んでましたね。本当に面白いんで、復活させたいですね!子供にも教えてみます。

  11. ジラコを膳所に住んでいる知り合いに話したら「時代考証かぁ」と言われたんですが
    元々が「水雷艦長」と言う呼び名だったら「地雷こうちょう」か何かの聞き間違いで
    それが短く「ジラコ」になったんですかね。

  12. 78年生 瀬田東卒です。じらこは、僕たちの青春でしたね(^^)
    そして、間違いなくケイドロよりレベルが高い遊びでしょっ!
    もっとじらこを広げましょ!!

  13. 72年生 瀬田東小途中転校組みです。
    小1は瀬田小でやってました。瀬田東小ができてからは
    そちらでやってましたね。
    じらこ&でっぱり・・・懐かしいですね
    雨の日なんかは校舎の中でケイドロやってました
    最近はやってないのか・・・

  14. 73年生まれ瀬田東小です。運動神経イマイチ女子の私でも大好きな遊びでした。ちなみに瀬田北中の時も、先生も一緒に学活の時間とかにやってました。東大津に行ってから、瀬田限定の遊びだと知りました。

  15. 77年生まれ瀬田小から瀬田北中です。今は大津市北の蓬莱ですが、子供がお父さんの昔の遊びを聞いてくるという宿題で、じらこと言ったら、瀬田限定の遊びだったことを初めて知りました!。私も大好きな遊びでした。今思えばなんで、同じ帽子の向き同士で、でっぱり!って言うんですかね?

  16. このサイトを久しぶりに訪れてみました。私は79年生まれ、瀬田東小でした。3歳の娘にいつか教えられたらなぁ。

  17. 72年生まれ 瀬田東小でした。
    晴れの日はグランドでじらこ
    もう、なくなってしまったのでしょうかね
    雨の日は校内でケイドロやってた記憶が
    輪になって数えて、1・2・3・4・強盗・6・7・8・9・巡査 ッて感じで役割決めてたな

  18. 75年生まれ 瀬田東小でした。
     職場に同じ小学校出身の後輩がいたので聞いて見たところ、10年後(1985年生まれだったかな?)にはなくなっているようでした。
     じらこ から 水雷艦長 のキーワードへと辿り着くのが難しく、ネット時代になってもなかなかルーツというか瀬田限定の遊びなのかどうかが分かりませんでした。
     「じらいこうへい」(地雷工兵?)と呼ぶ場所もあるようでそこから「じらこ」になったのかもしれません。
     ぐぐって出てこない遊びには、田んぼ とか ブドウ取り とかもありました。
    田んぼとかブドウでヒットする単語が多すぎて辿り着けないだけかもしれませんが・・・。
     田んぼは + の部分が鬼、口の部分がその他で何周回れるかというような遊びだったような。
     ブドウ取りはある点を中心にして人数分(だいたい4人ぐらいまで)の線(足のサイズ1個だったか2個だったか)を放射状に引き、そこから半径が自分の足のサイズの円を描きます。円内に留まってそこを陣地としてジャンケンし、負けたら相手をタッチ。タッチできたら一個円を獲得ということで新しい円を自分の陣地に接する感じで作成します。タッチできなかった場合のルールはよく覚えていません。鬼じゃない方が円を獲得だったかな?
     円が増えていくとブドウみたいに見えます。円で囲った範囲も自分の陣地。
    最終的に広大な敷地が自分の陣地となるわけで、ジャンケン後にはスゴイ勢いで逃げたり、タッチしたりしないとどうにもならない感じ。別の方策としては自分の陣地を相手の陣地を囲うような感じで作ると鬼になったときに有利だったり。
     田んぼはイマイチでしたが、ブドウ取りは結構面白かった記憶があります。
    ブドウ取りは瀬田付近でないと通じなかったような気が。

  19. “田んぼ”と”ブドウ取り”のルール解説ありがとうございます!
    ブドウ取りは面白そうですね。4人で出来るのも手軽でよさそう。

  20. 61年生まれ。ジラコやってましたよ。瀬田小学校です。まだ分割する前で、マンモス校の時代です。全校生徒 2,000人越えてたはずです。
    懐かしいですね。確かにケイドロと違ってかなり戦略的な遊びでしたね。

  21. 「じらこ」はドロケイというよりも、陣取りに近い遊びですね。
    しかし、実際にやってみると、「元帥」が自陣から出てこず、膠着状態になってしまいます。
    これに対する改善策などはありましたか。

  22. ジラコでヒットしました!
    1970年生まれ 瀬田南小です。
    南校舎と中校舎の中庭(小グラウンド寄り)でやっていました。
    黄帽で。女子は持っていなかったのでやりたい人は男子に借りていました。
    懐かしいです。
    瀬田限定の呼び名とは知りませんでした。

  23. 僕はこの遊びを(名前は確か源平合戦)おんたけこども村というキャンプ体験コースでやりました(^。^)

  24. 子どもの児童クラブのプリントに(じらこ)書いてあってググりました。瀬田小です。
    私自身は京都なので、初めて知りました。

  25. 1960年生まれです
    水雷、地雷という名前でこの遊びをやってました。京都府です。王が帽子が前、地雷が帽子なしか、帽子横、水雷が帽子が後ろで王はタッチするだけで水雷をアウトにし地雷は水雷を水雷は王をアウトにします。今よこっぺと名を変えて同じような遊びをしています

  26. 1968年生まれ、京都の嵐山小学校です。
    三年生、四年生ぐらいの時大流行していました。
    じらいこっぺと呼んでいる人もいましたがそれでは検索してもヒットせず、じらこでこちらにたどり着きました。
    懐かしいですね。

  27. じらこ懐かしいですね!
    私も、80年生まれの瀬田東小卒です。中学から私立に行ったので、その時にみんながじらこを知らなくてビックリしたのを覚えてますね!
    その他にも、キックベースもピッチャーがボールを転がしてくるスタイルではなく、ホームベースにボールをセットして、蹴るスタイルも瀬田限定のものだったんですかね?
    中学の時にキックベースやろうってなって戸惑ったのを今でも覚えてます。

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